2008年 02月 02日
やまとことば その七 「あいうえお」と「いろはにほへと」
 〇 仏教の教典と共に、伝えられた 6万5千の文字は、

   情報や考え方を、文章にして伝えるには、素晴らしいものでした。

   最初はどうやって、使いこなしていったのでしょうか・・・・


 〇 まず 音を借りて当て字として使いました、「夜露死苦」

   そうです、暴走族がガードレールに書いていたアレです。


 〇 雄略天皇は、稲荷山古墳出土の鉄剣に、

   「獲加多支鹵(ワカタケル)」と表記されている、(象嵌)

   後には、古事記で「若建(ワカタケル)」 日本書紀では「雅武(ワカタケル)」

   
 〇 又、鏡銘に「意柴沙加宮(オシサカのミヤ)」 鋳出されている、地名、宮名は

   記、紀では「忍坂宮」 「押坂宮」となっている。 つまり

   中国にも日本と同じ 物や事柄のある普通名詞は、漢字の意味、

   つまり 訓を使って「宮(ミヤ)」と書くが、日本にしかない固有名詞は、

   音を借りて表記するしかなかったのでしょう。


 〇 日本語の助動詞や助詞に相当する、適切な漢字も中国語にはないので、

   万葉集では、音を借りたり訓(ヨミ)使ったりして表記されている。

   (漢文も混じって、ごちゃまぜ表記)


 〇 さて、しかし彼の国の一郡の文化(医学、薬学、天文、食、律令等)を

   理解、吸収するためには、漢字を解読し、自家薬籠中のものにする必要が

   あったし、又6万5千字に対して50音の言葉で対応できる、

   日本語も便利で捨てがたいものでした。

   漢字は読めなければ理解できないので、使える人は限られていました。

   
 〇 空海は伊勢参籠の折に学んだ、日本古代文字50音(実際には48音)を

   漢字を簡略化したもので作ろうと、考えたのではないでしょうか。


 〇 長屋王家の木簡には、

   勅旨      石川夫人         糯 阿礼    粟 阿礼
  おおみこと  いしかわおおとじ(に)  もちごめにあれ あわであれ

  と 送り仮名を記している。

  又 朱沙    価計而進出
    しゅさ   あたいをはかりてたてまつりだせ・・・・と

    助詞 「を」 を使っている。


 〇 簡単な48文字を覚えるのは容易なことで、これで漢字に

   フリガナ、 送り仮名、 助詞をつければ、難しい文字も読めるようになります。


 〇 空海が伊勢で学んだものは、「天地の歌(アワノウタ)」という、

   48音の歌でした

                                 続く

    
by hokorin-touchan | 2008-02-02 16:05 | 日本語の語源


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